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ぼくのプレミア・ライフ(中之巻)
投稿者: Urabancho 掲載日: 2004-12-10 (2395 回閲覧)
2002年
新年早々から二人はへこんでいた。チャンネル4が金額の面でかなり強気なのだ。次にどうしたらいいか悩んでいたころへ、「お勧めの配給会社があるよっ!」と相談に乗ってくれた宣伝マンから連絡が入った。しかも社長が会ってくれるということなので、喜び勇んではせ参じた。するといきなり「僕の趣味に合わない」とガツガツ削ってきた。「えと、ファウル」。有澤はアピールした。「イエローカードっ♡」と山中も続く。その甲斐あってか終わりのほうでは少し同情してくれた。有澤は思った。「えと、同情するなら買ってくれぇ」──。

しばらくして、アメリカでのリメーク情報が発表される。20世紀フォックスが、ジョン・キューザックとミニー・ドライバーを主演にして、アーセナルをボストン・レッドソックスに置き換えてつくるとのこと。いいきっかけができたと、有澤は大手映画製作会社の知り合いに頼み、社内で観てもらった。しかし、以下の理由で断られる。
1.時代設定が古い
2.現在の日本のサッカーファン層と重なるとは思えない
3.サッカーファン以外の広がりが見えない
芝も凍てつく2月、熱病もさめてゆくようだった──。

突然「えと、絶対に売れると言って、売り込むんだ!」と有澤が気合いを入れた。電気猪と異名を取るだけに玉砕癖が出てきたのだ。「それでもし売れなかったらどうするのっ♡」と山中が応酬し、一気にヒートアップした。「おまえなんか、おまえなんかぁ〜」と、小学生のケンカをした有澤は、心を痛めピッチの外へ運び出されてしまう。フィジカル・コンタクトには強くても、メンタルは弱かった──。

有澤がピッチから離れているときも山中は奮闘していた。映画配給会社の知り合いに観てもらおうとする。しかし、そこはアジア専門なのだ。パスがぶれはじめゲームメークに苦しむ山中に、その知り合いがアドバスする。「映画買い付け会社に任せてみては」──。

一方、心の傷が癒えぬ有澤はアメリカへと旅立ってしまう・・・が、何のことはない、転勤する亭主に同行しただけだ。スキューバダイビングに興じる毎日を送っていた5月、アーセナルがプレミアシップとFA杯のダブル優勝を果たした。

今ならいけるかも──。山中は映画配給会社の知り合いとパス交換し、映画買い付け会社へキラーパス。すると映画買い付け会社がスルー! 「あっ」と思った瞬間、裏に走り込んでいた映画紹介のサイトにパスが通る──。その映画紹介サイトは買い付けもしており、興味を持ってくれた。担当者が音楽好きで、ニック・ホーンビィのファンでもあったようだ。「スルーパス出シテモ、バックパス返ス選手多イナリニ、自分ナリニ突破シヨウトスルノハ立派ナリニ」(セルジオ越後風でm(_ _)m)と、発売元を探してくれることに。ベンゲルは救世主か──。

6月、待ちに待ったW杯が開催され、日本中が盛り上がっていた。しかし、過密日程と湿度の高い日本の気候に苦戦するヨーロッパ勢。特にアーセナルとレアルマドリードに所属する選手の動きが良くない。5月まで戦いタイトルを獲得するが、その代償は大きかったのかもしれない。そんなヨーロッパ勢の中で決勝まで進んだのはゲルマン魂を見せつけたドイツだった。

その頃アメリカで、ホーンビィ原作の『アバウト・ア・ボーイ』が公開される。『アバウト・ア・ボーイ』の日本公開に絡めて『FEVER PITCH』のDVDを出せないか──山中の撫子魂に火がつく。ホーンビィの翻訳本を出している出版社と、『アバウト・ア・ボーイ』の配給会社に向けてクロスを上げ続けた。しかし、ツインタワーは連携が悪かった。

世界で通用するプレーヤーにならなければ──。山中はプレミア・リーグ挑戦を決意する。
サッカーの母国イングランドへ発ったのは8月。到着してすぐマンチェスター・ユナイテッドに合流した。個人の技術、チームの戦術、フィジカルの強さ、どれをとっても世界トップレベルだ。練習についていくので精一杯だったが、充実していた──。
「いい取材ができたっ♡」。週刊誌の仕事だった。しかし、帰国したときには、本場サポーターのパワーを吸収してひとまわり大きくなっていた(体型じゃないって(^_^;)。

日本で『アバウト・ア・ボーイ』が公開された9月、あのセルジオ、いや映画紹介サイトの担当者から連絡が入った。「興味を示してくれた会社があった。上司を説得するため、サポーターが必要だ」──。
有澤は身震いした。ピッチの外からでもパワーは送れると、山中と相談してネットで署名運動を展開する。『FEVER PITCH』やホーンビィ、アーセナルの話題が出ているサイトを探し出し、ウェブマスターに片っ端からメールを送った。BBSに書き込んで署名運動への協力を訴えた。そして235件の署名が集った。目標の300件には及ばなかったが、意外とホーンビィファンの関心が高かった。

「ゴォ〜〜〜ル!」。11月に入り映画紹介サイトの担当者から吉報が届いた。社長がミラノのマーケットでチャンネル4の人と会って交渉したという。DVDの発売は4月以降の予定だ。まだ本契約に至るまでの調整が残っているのだが、決定力不足に悩んでいた二人は素直に喜んだ。「えと、さっすがニッポン男児!」「決めるときには決めるっ!♡」。

しかし、12月になってもまだ契約がまとまらないとのこと。ゴールネットを揺らしたのは一ヶ月前だ。ウズウズ、ハラハラする有澤は、ゴールインのホイッスルを待たずにピッチになだれ込んでしまう。

「ピッ、ピィーーー」。クリスマスの朝、ゴールインのホイッスルが吹かれた。なんと大きなクリスマスプレゼントだろう。有澤は自分のホームページで公表し、サポーターたちと喜びを分かち合う。あとは発売までゲームをコントロールしてゆくだけだ。昨年とは違い、天にも昇るような気持ちで新年を迎えるのだった──。

感動のうちに終わったシーズン2002。しかし、この後に悪夢が二人を襲うのだった。
時代に翻弄される有澤と山中。二人の戦いやいかに──。
次週は、運命のシーズン2003/2004をお送りします。
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