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ぼくのプレミア・ライフ(下之巻)
投稿者: Urabancho 掲載日: 2004-12-18 (2591 回閲覧)
2003年
1月15日、記念すべき日だ。映画紹介サイトの担当者と一緒に、有澤と山中は初めて発売元の担当者と会う。発売は夏頃を予定しているとのことだった。
吹き替え版をつくろうとか、ソニープラザで上映会をしようとか、話がいろいろ広がって夢がふくらんだ。何でも鵜呑みにする有澤は、全部実現するんだと思っていた。こういう話は「だったらいいな」という程度に過ぎないと悟るのは、だいぶ後──。

3月、『FEVER PITCH』と出会ってもう2年になる。アメリカに戻っていた有澤は、感慨にふけりながら送ってもらった英語台本にハコ書き(ナンバリング)をして送り返す。

♪夏も近づく八十八夜〜。試合終了のホイッスルを待つ有澤に悪夢が襲った。「発売延期」──。
「うぐ、うぐ・・・」。有澤は言葉を失った。慌てて山中と連絡を取るが、「△※$*◎☆〜♡」と意味不明だった。

ベンゲルが固持したのか──。正気に戻った二人は戦況を分析する。どうやら『ベッカムに恋して』の不入りが影響しているようだ。ブームに乗れなかったのか・・・。

「えと、『ベッカムに恋して』にはガリー・リネカーが出てるけど、『FEVER PITCH』でアーセナルが優勝をかけて戦う相手は、リネカーを擁するリヴァプール」。
「・・・だから?」
「えと、引退してスポーツ解説者になったリネカーの解説は、はっきり言って面白くない」。
「・・・・・・」

「えと、リネカーは名古屋にも在籍していたから、やはりベンゲルの因縁が・・・」
「在籍期間がだぶってないって♡」

「えと、『FEVER PITCH』の挿入歌THERE SHE GOESを演奏しているThe La'sはリバプール出身。リヴァプール万歳!」
「ぢゃないっ♡」

日本はW杯を開催してもサッカー人気は定着しないのか──。

8月に入っても発売時期が決まらない。そこで山中は阪神ブームに便乗しようと提案した。世間では18年ぶりの優勝が現実味を帯びてきた阪神の大ブームが巻き起こっていたのだ。
「えと、掟破り」と有澤が斬る。虎ブームに腰掛けてる人たちが、『FEVER PITCH』に乗るとは思えない。やはりサッカーファン、何よりも映画ファンを取り込まなくては──。

その後も、発売元と「いつ出る?」「会議でまだ決まらない」というやりとりが続く。長すぎるロスタイム。ついに試合終了のホイッスルが吹かれぬまま年の瀬を迎えるのだった──。

2004年
年が明けてすぐに、映画紹介サイトの担当者から、発売元の担当者が移動になったと聞かされる。もうダメか──。

6月1日、マンチェスターシティ・スタジアム。日本代表はイングランド代表と親善試合を行った。シーズンを終えたばかりとはいえ、ユーロ2004に向けてベストメンバーを揃えたイングランドを相手に、見事な引き分けをもぎ取ったのだ。だが、MFの稲本潤一が骨折してしまった──。

「本格的にダメだぁ〜♡」。山中は頭を抱えた。プロジェクトFPを始めた頃、話題になっていたのは中田英寿。その後、稲本がアーセナルにレンタル移籍したときから、推薦文を書いてもらうことを夢見ていたのだ。すでにフルアムに移り、今オフの完全移籍交渉を進めたい稲本だったが、この骨折で契約が微妙になったのだ──。

今度こそ熱病がさめるかと思われた7月、突然、発売元の担当者からメールが届いた──「10月下旬発売で決まりそう!」。さらに新しい担当者から届いたメールで、かなり強行スケジュールなのを知る。
・8月上旬:注文書入稿
・8月中旬:フライヤー入稿
・8月下旬:DVDマスター完成
・9月上旬:ジャケット、レーベル等一式入稿
・発  売:10月20日
「決まった途端これかい!」と有澤は絶叫した。試合終了まで厳しいプレスを続けなければならないのだ。

8月なって字幕の翻訳が終わった有澤はピッチに戻り、山中や映画紹介サイトの担当者、発売元の新担当者と戦術確認をする。そして臨んだプロモーション会議の席、「サッカーをするのが好き。観るのも好き。でも、観てるヤツを観ても面白くない」とデザイナーが言い放った。「ヒャ〜〜♡」。山中が取り乱す。「えと、お利口さんのサラみたい」と吐き捨てた有澤は、拳を握りしめ肘から先をムクッと持ち上げて言った──「アーセナル・パンツ」。

デザインが決まった。邦題も『ぼくのプレミア・ライフ』に決まるが、「軟弱だなぁ〜、フィーバー・ピッチじゃだめなのぉ。『マルコビッチの穴』と間違えて買うかも」と、デザイナーはかく乱戦法に出てきた。だが誰も相手にしなかった──。

8月11日、アテネではサッカー女子代表が悲願の五輪初勝利を挙げた。一時帰国している有澤も、燃え上がる撫子魂に汗をかきながら動きまわる。媒体に取り上げてもらうべく出版社へのサイドアタックを繰り返す。FM放送にも出演して映画のことを話した(でも『華氏911』っ!)。その間、山中はフライヤーの原稿書きに汗を流していた。

若干スケジュールが押していた。フライヤーの入稿が済もうかという8月の終わり頃、発売元の新担当者は稲本からコメントを取ろうと奔走していた。フルアムとの契約が切れた稲本は、次の移籍先としてウェストブロムウィッチと交渉に入っていたのだ。だが、正式発表に至っていない。フライヤーには間に合わないか──。

9月に入り稲本からコメントをもらうことに成功した。シールにしてパッケージに貼ることになり、ジャケットと一緒に入稿する。山中は喜んだ。イギリスに縁のある団体や出版社などに激しいプレスをかけ、FM放送にも出演した(ちゃんと『ぼくのプレミア・ライフ』をPR)。アメリカに戻っていた有澤も、発売日まで各方面へ国際電話をかけ続けたのだった──。

10月20日、『ぼくのプレミア・ライフ』発売。試合終了のホイッスルが鳴り響く。熱き女性たちの戦いは終わった。
「この感動、プライスレスぅ〜〜〜♡」。山中は叫んだ。
有澤は白くなっていた。「えと、・・・」。かすかな声で何かをつぶやき崩れ落ちた。手に握りしめていたのは、国際電話の請求書だった──。

めでたし、めでたし。

でも、この物語はフィクションですから〜(^_^;)
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