「サントリー・タイム!」「高級ウイスキーなんですよ、響!」とさんざん連呼したおかげか(どうか)、先ごろ英国で行われた「第9回インターナショナル・スピリッツ・チャレンジ」で、サントリーの「響30年」が最高の「トロフィー賞」を獲得した。同コンペは、スコッチウイスキーの本場で、英国の酒類専門出版社の主催により各国の酒類メーカーが品質を競うもの。日本のウイスキーが最高賞を受賞したのは初めてという快挙だ。

それはさておき、「眞木さんが出ている」と言われながらも観に行かなかった、『ロスト・イン・トランスレーション』のDVDが発売される。眞木準さんは日本を代表するコピーライターで、『一語一絵』『例のない遠い国』『コピーライター』などの著作もある。映画や本と違って広告コピーはその時だけのものだが、本として残しておくだけの価値がある素晴らしいコピー、ネーミングをたくさん生み出している人なのだ。先日、米国版を観る機会があったが、CMの撮影現場にボブ(ビリー・マーレイ)が入る際、クライアントの一人としてチョロっと出ていた。チョロっとだけど、ちゃんとカメラを向いて映っていたのだから「出ている」と言ってもいいか…。

それもさておき、「ロスト・イン・トランスレーション」とは、「翻訳の過程で意味やニュアンスが失われる」というような意味だ。米国版ため日本語字幕無しで観たわけだが、日本が舞台で日本人との会話が多いから、英語が得意ではなくても状況と話の展開は容易に想像がつく。しかも日本語のセリフ部分も英語字幕は入らないので、日本映画を観ているような錯覚に陥る…なのに英語のセリフに日本語字幕が入らない不思議。聞き取れる数少ない単語と表情から、意味やニュアンスを理解しようとしたが、それがどうにももどかしい。

その不思議さと親しみやすい映像とが相まって、どんどん引き込まれていき最後まで観てしまった。夜や室内のシーンが多いせいか最初は気づかなかったが、全編通して間接光で撮影されているのだ。早朝や夕方、日中でも雨や曇りの日、晴れていてもビルの谷間などの日陰が選ばれている。被写体を巡る柔らかい光が「霞んだ」風景を生み出し、浮遊感、主人公二人のもやもやした心情をうまく演出している。フィルム撮影にこだわり、少ない光量でも撮影できるコダックのハイスピードフィルムを用いたそうだが、それも一役買って湿気を帯びた日本独特の空気感を表現していた。この「霞んだ」風景こそが日本の心象風景ではないだろうか。また、街を歩くシーンの撮影は、持ち運びが簡単な小型カメラで行っているそうだ。それらが功を奏し、幻想的かつスナップ・ショットのような親近感のある映像に仕上がっているのだと思う。ソフィア・コッポラの写真家としての才能にうなってしまった。

渋谷界隈、富士山、京都などのベタな観光名所、「L」と「R」の発音が下手な日本人、エッチな漫画を人前で平気で読む大人、変な英語を話す若者、カラオケ…。よくある「日本の姿」を最初は片腹痛い思いで見ていたが、ソフィアがよほどの日本通なんだとわかると違和感なく観られる(これは日本じゃない!と思う場面もあったが、これもパロディだったのか…?)。そのほかにもジョークやパロディがちりばめられ、意味やニュアンスがわからなくても楽しめたシーンが多い。これはビリーのおかげ。しかも、スカーレット・ヨハンソン演じるシャーロットは、セリフが少ないが表情の演技が素晴らしく、心情が伝わってくる。

「無国籍都市TOKYO」とよくいわれるが、この映画こそ良い意味で無国籍。英語の分からない人も、日本をよく知らない人も、英語も日本語もわかる人も楽しめる映画になっている。字幕なしでも十分に楽しめた。これは撮影スタッフのほとんどが日本人だったおかげかもしれないが、何より監督の才能によるところが大きいのだろう。

脚本も素晴らしい。たまたま日本に短期滞在者することになった二人のアメリカ人の物語だが、ただそれだけではない。異国で疎外感を経験したことのない人も、日本人同士なのに真意が伝わらず(理解できず)もどかしい思いをしたことがあるだろう。シャーロットのように、二人で居るのに孤独感を感じた経験のある人もいるだろう。そんな心の揺れが抒情詩的に書き上げられている。そして、スカーレットが繊細にそれを演じているのだ。

 なんて「ぶった」話はおいといて、夜遊びシーンに登場する日本人はソフィアの友人たちだそうで、そのほかにも日本の有名人が多数出演している。ロードショーを観た方、知った顔、何人いましたか? はっぴいえんどの“風をあつめて”と、HIROMIXのアップは要らないなーと思ったが、見終わった後にこれもパロディだと気づいた(ホント?)。あのラストシーンのまま終わると、「ただそれだけの物語」になっていたから、ソフィアのセンスの良さにまたまた脱帽。何も日本人向けのサービスじゃないんですなぁ。

 以上は米国版を観た英語の分からない日本人の感想だ。日本版DVDが発売されたら是非もう一度観て、素晴らしい映画だったことを確認したい。日本版のDVDジャケットはまだ見ていないが、米英版はDVD、サウンドトラック盤とも「有名な」ビリー・マーレイが使われている。セールス的にはこれが「表」なのだろう。しかし、日本のサウンドトラック盤のジャケットは、シャーロットが映ったポラロイド写真風のデザインになっている。日本向けというだけではなく、映画的にはこちらのほうが「表」のデザインなんだと思う。

また、『ロスト・イン・トランスレーション』の翻訳センスももう一つの楽しみでもある。英語をちゃんと日本語に訳すと文章量は1.5倍になるというから、翻訳は難しいのだと思う。英語のわからないものにとって、字幕は映画が楽しめるかどうかが決まる重要な要素だが、字幕としての「適当な長さ」があるので、意味やニュアンスがうまく伝わらない場合もある。おまけに字幕版は絵を見ながら文字を読むので、もどかしい。日本版には字幕版と吹替版が用意されているから吹替版を観ようか。いや、字幕版を観てから吹替版を観て、また米国版を観れば4度「体験」できるかもしれない。

いずれにしても、それから疑問だったことを聞いてみようと思う。なんといってもギョーカイの強者たちがサポートしているわけだから、「これ、偶然かなぁー」と疑うカットも多い(深読みしすぎ?)。そして、別れの時、ボブはシャーロットになんて言ったのか。