今後の感性研究に活かすため、感性とは何か、感性という言葉の定義について調査した。これらの研究を足がかりに将来展開したいのが、感性の先端情報表現となる。
感性とは何か
1.辞書的な意味
- 哲学用語の「英sensibility」「独Sinnlichkeit」。
- 認識の上では、外界の刺激に応じて、知覚・感覚を生ずる感覚器官の感受能力をいう。ここで得られたものが悟性の素材となり認識が成立する。
- 実践的には、人間の身体的感覚に基づく自然な欲求をいう。理性より下位のものとされ、意志の力によって克服されるべきものとされることが多い。
- 物事に感じる能力。感受性。感覚。江戸時代の浮世草子に既に載っている語。
『大辞林』第三版,松村明,三省堂,p.563,2006.
2.哲学的定義
- 哲学者の西周(にしあまね)は、英語のsensibilityの訳語として「感性」を使った。天野貞祐は、カントの『純粋理性批判』を日本語に翻訳した際、ドイツ語のSinnlichkeitに「感性」をあてた。以降、「感性」は哲学用語として定着した。
『感性工学への招待』,篠原昭・清水義雄・坂本博編,森北出版,pp.20-35,1996. - 感性のもとは共通感覚(common sense)であり常識に通じる。それは感覚の全領域を統一的にとらえる根元的な能力であり、見えなかったものが見えてくるような働きをする発見と探求のための創造的概念装置である。近代の知に対して、臨床の知がそれから構築されねばならない。
『感性の覚醒』,中村雄二郎,岩波書店,1975./『共通感覚論』,中村雄二郎,岩波書店,1979./『臨床の知とは何か』,中村雄二郎,岩波書店,1992. - 哲学者の桑子は、感性を「環境の変動を感知し、それに対応し、また自己のあり方を創造してゆく、価値にかかわる能力」と言う。感性を能動的、創造的な能力だというのである。そして、「身体の配置」と「空間の履歴」という基礎概念を設定し、人間を「履歴をもつ空間での身体の配置」と捉えている。
『感性の哲学』,桑子敏雄,NHKブックス,2001.
感性という言葉は日本語の中に定着しているが、西洋哲学的な意味の理性や悟性、さらには知性と対比的な位置を与えられた言葉だということはあまり意識していない。そのため、日本人は、感性が知性の働きを補うとか、感性と理性の調和が重要だ、などと考えてしまうのだろうか。
3.認識論的な定義
感性は理性や悟性と並んで、もともと認識論の言葉である。われわれは感性によって外界を受用し、悟性によってこれを分析、統合、抽象し、されにこれを理性によって体系化、統一化すると言われる。悟性が概念を操作する能力であるのに対して、感性は外界によって触発される受動的な心的過程で感覚的直感によって表象を得、悟性に素材を提供する基礎的な能力と考えられている。この感覚的直感は、感覚、感情、情緒、あるいは欲求等に関わる心の能力で、本能的な判断力である。悟性が命題の真・偽に基づいて分析、推論する論理的思惟能力で、真か偽か、1か0か、いわゆるデジタル的、左脳的な大脳の情報処理過程であるのに対して、感性は、アナログ的、ファジィ的、右脳的な情報処理過程である。
『感性計測先端技術集成』,栗山洋四編,永村寧一ほか,サイエンスフォーラム,1991.
4.古典文学での意味(浮世草子・男色十寸鏡)
「只一首の哥にて心もやはらぎ感性とするは是哥の徳也」の「感性」とは、「心に深く感じる」ことだという。しかし今日の国語辞典では、感性を感受性の略としているものが多い。古典文学では「感情」と同じ意味で使われてきた上に、今日我々が「感性」と言うときには、「感情」に関わる意味も必ず考える。これが欠けているので、単に「感受性」だけでは不満がある。
『感性工学の基礎と現状』,長沢伸也,日本ファジィ学会誌,pp.647-661,1998.
感性という言葉の定義
感性とは次のような類似した言葉を包括的に含んだ我が国の独特の言葉である。感覚(sensation)は外部環境から情報(刺激)を受容する役割を担い、これにより生じる過程を含めて用いられる。感受性(sensitivity)は一般に刺激の強さの閾値、刺激に対する反応時間、刺激に対する正解率によって測定される。また、感情(aesthetic sense)、感動(affection)、 更には気持ち(feeling)などの言葉群である。
- 主観性で説明不可能なはたらき
感性とは,外界からの刺激に対する表象であり、主観的であり、論理的に説明しにくい生成プロセスである(情報科学分野)。- 先天的な性質に加えて知識や経験の認知的表現
感性とは知識や経験に基づいて後天的に学習される認知的な表現能力のことである(デザイン学分野)。
- 直感と知的活動の相互作用
感性とは、直感的な創造と知的活動としての記述の相互作用を行う心のはたらきである(言語学・デザイン学・情報科学分野)。
- 特徴に直感的に反応し評価する能力
感性とは、美や快などの価値に対して直感的に反応し評価する能力である(芸術学・造形学・ロボット工学分野)。
- イメージを創造する心のはたらき
感性とは、生成されたイメージを情報として再生産し、創造する心の働きである(感性情報処理分野)。
- 先天的な性質に加えて知識や経験の認知的表現
『感性とひらめきの解明へ向けて』,原田昭,日本学術会議「人間と工学の接点」シンポジウム論文集,pp.25-32,2002.
感性研究の今後
情報科学的に扱うことのできるのは、浅い感性(知性と感性がオーバーラップした領域)に限定していると考えるべきであり、深い感性(真の感性)はまだ対象にはならない。したがって、感性情報処理の目的も、人間の感性を解き明かすことが目的ではなく、よりヒューマンなインタフェースを実現するために人間と同じ応答をするモデルを構築すること、いわば「なぞり感性」を実現することに限定するものである。
すなわち、「知能」が何かはよく分からなくても「知能」 のもつ情報である「知識」はある程度測定できるし、役立つように、「感性」 が何かは難しくても「感性」 のもつ情報である「感性情報」はある程度測定できるし有用である。
今後は、イメージ理解と感性情報が対になった場合の関連性や、たどえば、画像と音楽、表情と言語など、互いに異なるメディアを通して入力される感性情報の融合も重要な課題である。さらに、感性情報処理の研究により人間の感性に関する仮説を検証し、それから感性科学が創られていくことが期待される。
感性工学の基礎と現状.講習会テキスト『感性工学をこう考える』,長沢伸也,日本ファジィ学会,pp.1-11,1997.
主観情報と他の情報との関係
- 主観情報と客観情報
各個人の主観情報の共通部分集合が客観情報に相当する。高さの表現を例とすると、「非常に高い」のような程度副詞を用いた表現が主観情報に相当し、程度副詞の表す程度の個人差の影響を受けることになる。それを回避するために導入されたのが単位であり、客観情報に相当する。 - 主観情報と感性情報
感性情報の定義は統一されていないのが現状であるが、ここでは感情や情緒に基づいて処理された情報、感性を含む情報と定義する。これに従えば、感性情報は主観情報の部分集合に相当する。例えば、‘美しさ’の程度は感性情報でも主観情報でもあるが、‘高さ’の印象の程度は主観情報とは言えるが感性情報とは言い難い。感性を感覚から心理までの人間の情報処理プロセスと見ると、感性情報は主観情報により近いものとなる。この場合両者の差異は個人差への重視度の違いになる。
『感性と言語の情報処理 コンピュータによる感性とことばの表現 感性情報処理と主観情報処理』,吉川歩,Computer Today,15(1), pp. 34-39,1998
まとめ
感性と感受性の違いを見極めて感性教育に活かしたい
今回調べた辞書的な意味、西洋哲学的な意味とは違うが、自分でとらえた「感性」は、感受性との対比で説明すると以下のようになった。
感性も感受性も、感覚器官が受けた外界からの刺激を、自分の知覚や感情に結びつける能力という点では同じだが、違いはある。
感受性は、上記の感覚によって、情緒的感情を起こす能力と言え、情緒に重みがある。感性は、上記の感覚による感情を、理性により転換する能力であり、理性に重みがある。例えば、沈む夕日を見て、思わず涙ぐむのは感受性、自分の思惟を経て詩や音楽にするのは感性と言える。
他人の言動に対して何かを感じる場合が「感受性」であり、常に他人(他者・自然現象や動物など)が介在する。感受性の強い人は、他人の幸せを喜び不幸には共に泣いてあげるという共感性が優れているので、その方面で成功すると思われる。 感性の人は自然や人間からの刺激をよく感じとり再構築できるので、藝術関係にも向いている。感じるというと、すべて受動のように思われがちだが、自分の感覚から作品を発表していく場合に「能動」になる。常識的な発想の枠を超えて、その人独自の感覚を持ち、それを表現していく場合が「感性」。多彩な表現が可能な「感性豊か」な人。発表した後には他人も関係するが、作成段階には他人は介在しない。アウトプットプロセスを調べ、カリキュラムに活かしていきたい。